olivemama2007-01-06

山下清とその仲間たち展に行ってきました。

画家 山下 清 (やました きよし)
「裸の大将」「放浪画家」などと世の人々から親しまれた山下清。大正に生まれ、戦前・戦後・そして高度経済成長期を生き、山下清は四九歳で生涯を閉じました。大好きな花火のように、大きな花を咲かせ、消えていったようです。しかしその一瞬のきらめきは、人びとの心に刻まれています。
山下清のプロフィール>
1922年 3月10日 東京市浅草区田中町に生まれる。
1928年 浅草の石浜小学校に入学する。
1934年 千葉県の養護施設「八幡学園」に入園する。
1939年 11月18日、突然、放浪の旅に出る。
1954年 鹿児島にて放浪生活を終える。
1959年 ヨーロッパ9カ国を訪問する。
1971年 7月12日 他界 (享年49歳)

千葉県の市川市にある「八幡学園」は知的障害のある子供達の養護施設です。
創立者である初代園長の久保寺保久が、
子供達の自立の為にと私財を投げ打ち、昭和3年に創立しました。
この「八幡学園」が、山下清という画家の才能を開花させたのです
学園時代の11歳のころからの貼り絵から、
有名な花火の貼り絵、油絵などたくさんの作品が展示されていました。
当時の学園のほかの子どもたちの作品も展示されていました。
重度知的障害の子もいましたが、芸術性の高い作品ばかりでした。
園長さんの考え方も素晴らしくて感動しました。
学園の方針は「踏むな 育てよ 水そそげ」
『どの子にも才能が秘められている。ダメな子だと踏みつけることなく、
 その子その子の才能を見つけ出し、大切に育てよう』
たくさんの絵を見終わるころには、ちょっとウルウルしていました(;_;)